2008.8.5
和太鼓はどこへゆく 1
「太鼓に流派とかあるんですか?」
太鼓をはじめて間もない人によくたずねられる事である。たしかに伝統芸能と言われるものの多くは、○○流とか家元という方法で伝承されてきている。和太鼓の世界にも流派があるのだろうかと思うのは当たり前だろう。しかし、琴や尺八、三味線、いわゆる邦楽と言われるものや、能狂言、日本舞踊などは、江戸時代から、古いものは一千年もの長い歴史をもっているのにくらべ、和太鼓は、新しい芸能である。太鼓という楽器や地域のお祭り芸能としての歴史は古くても、現在のように全国津々浦々太鼓グループが出来てきたのは、ほんの三〇年から四〇年前頃からのことだ。
私が太鼓に関わりはじめたのは三五年ほど前だが、その頃は、一つの県に数チームあるかどうか、おそらく、全く太鼓チームが存在しない県もあっただろう。しかし、現在、全国に五千チーム、十万人以上の愛好者がいると言われ、さらに近年、幼児教育、学校教育の現場でも取り入れられ、その数は増え続けているのではないだろうか。
さて、これだけ急激に太鼓愛好者が増えたということは、当然それを教える人もいるわけで、私もその一人なのだが、しかし、この世界には現在に至るまで、和太鼓とは、こういうものだという明確な基準がない。したがってこれから和太鼓をはじめようとする人は何をどう習得していっていいのか判断に迷うことになる。教える人によって曲や太鼓に対する考え方はいろいろある。和太鼓は気合いだ!とばかり、エイヤー!と、武道のような教え方があったり、ハーイ皆さんワンツースリーそれ!なんて洋楽器と変わらない教え方であったり、実に様々である。歴史が新しいと言うことはそれだけ確立されたジャンルではないということ、そして、そういう混沌とした状態の和太鼓がそれはそれで面白いとも思う。
このコラムはそんな和太鼓の世界に私の考えを提案したり、時には過激な批判をさせていただくかもしれない。日本の伝統的なものの多くは保存継承作業をするにとどまり、肝心の表現する力がおとろえ、衰退、形骸化し、一部の愛好者のみの閉鎖的世界になる傾向がある。和太鼓とて例外ではなく、絶えずその危険にさらされている。伝統の芸能とはいえ、人に感動してもらってなんぼのものである。見る人聞く人に感銘を与えることが出来なくなったら消え去るのみである。
「伝統に学び伝統に埋もれず、流行に学び流行に流されず、」「じっと目をこらし、今を創り続ける」これは、私が創造活動をする姿勢として心がけてきたことである。これは何も新しいことではなく、優れた作品を生み出してきた先駆者が共通してもっていたものである。
六百年前、能の作者であった「世阿弥」がそうであり、津軽三味線の創始者「仁太防」もまたそういう姿勢を持ち続けた人である。彼らは、同時代に生きた表現者たちの中で、激しい競争にさらされながら生き延びてきた才能ある芸術家であった。
伝統から学ぶとき、その伝統を習得するだけで満足をし、自らの創造に至らない。また、流行におぼれる者はいずれ流行に見放される。優れたものに学びながら、現代に生きる感性を持って、常に人の心を揺り動かすものを創り続ける時、時代を超えた名作として普遍的価値を獲得できるのである。
こういう視点で和太鼓の世界を見渡したとき、心配になることがたくさんある。
和太鼓ブームと言われる状況を維持発展させるためには、二つの視点が必要だろう。それは、太鼓愛好者だけでなく、太鼓を知らない人でも感動するような演奏が出来ること、そしてそれを伝え習得できるシステムである。
太鼓人口が増えると当然そこに師弟関係が生まれる。私もいつの間にか一千人を超える人たちが曲を演奏してくれるようになった。そうすると、本人が望まなくとも、いや望んでと言う人が多いと思うが、ピラミット構造と集金システムが形成され一人歩きをはじめる。流派というものの発生である。
ある団体では、資格検定が行われ、(和太鼓をするのに資格というものが必要なのかわからないが、)ま、こういうのが好きな人もいるのでそれは個人の自由ではあるが、そして本当にその認定にふさわしい力量があれば認めてもよいのだが、しかし、そのレベルがそれにふさわしいものかどうかは、はなはだ疑問である。
こういうやりかたが、いい演奏をする、ということと、かけ離れてくるならば、和太鼓は今後衰退してゆくことになるだろう。
